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冷泉彰彦氏の秘密保護法案への指摘、そう言えばTPPのリークがあったね…

特定秘密保護法案、絶叫ではなく議論が必要なら、その中身は? | 冷泉彰彦 | コラム&ブログ | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイトより引用---

もう一つは、反対に「政府が情報を隠す」ことが、経済合理性や人命保護という観点から「マイナス」である場合です。例えば経済的に過大な譲歩をする約束を他国と交わしているとか、大変に危険な場所に自衛隊を派遣しているにも関わらず危険性を示す情報を隠しているというような場合もあるでしょうし、更に自衛隊の装備に関する入札に不正があったが防衛機密の名の下に不正行為を隠蔽しているというような場合も想定できます。

---引用ここまで---

そう、もちろん、連中の態度や原理原則論が不安なのもありますが、ここも気になります。特にこの前ウィキリークスでTPPの草案がリークされたことがありましたが、こういうのも国内でやったら違反になるのでしょうか。これこそジャーナリズムとして正しい態度だと思うのですが、締結したい政府にとっては邪魔なものでしかないでしょう。これをどう線引きするのでしょう。

スパイ防止が云々とか言っている人がいますけれど、そういう人は初期自民党とCIAの関係を知らないのでしょうか?総理の祖父、岸信介第56・57代総理大臣とCIAの関係を知らないのでしょうか。政権中枢が外国の諜報・工作勢力に密かに通じていた例ですよ。スパイって、本当はこういうものじゃないですかね?007みたいなのを想像するかも知れませんが、あれは諜報というよりかは所謂非合法工作員、アクションサービスってやつですよね、通常の刑法で処理する問題です。他にも、中川一郎衆議院議員が米国からペルソナ・ノン・グラータ指定されたのはソ連スパイだったからという噂もありますね。そうだ、岸氏は統一教会との関係も有名でした。一時期、統一教会から自民党に議員秘書という形で信者が多数送り込まれたという話もあります。本当に怖いスパイってのは、権力に食い込むんですよ。

もちろんかつて共産主義者が共産主義の理想を唱えながら、事実上ソ連に支配されていたという時代もありました。彼らはそこかしこに潜む名も無きスパイ集団みたいな感じになっていたのかも知れません。しかしソ連はなくなりました、共産主義者がそこかしこにいるということさえなくなりました。だいたい本当に問題だったのは、ソ連に忠誠を誓いながらそれを隠し、社会の上層部に浸透していく連中だったのです、高学歴のものが多かったわけですから。リヒャルト・ゾルゲもその例でしょう。

ちなみに中川氏も岸氏もだいぶ昔の政治家ですが、これは米国の機密解除による情報公開によって明らかになっている分であって、明らかになっていないものは今でもあるでしょう。鳩山邦夫衆議院議員はかつてペンタゴンに飼い慣らされそうになったらしく、そのことを本人が国会でゲロってます。

さあ、今TPPだとか色々やってますけれど、この手のスパイは、秘密保全法によってむしろ活動しやすくなっちゃいませんか?こういうスパイを防ぐためにも知る権利は激しく重要です。

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デモは「民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げる」行為だと思う

俺、実は結構石破議員好きだったんだけれどもなー。マジで幻滅した。

沖縄など: 石破茂(いしばしげる)ブログより引用---

 今も議員会館の外では「特定機密保護法絶対阻止!」を叫ぶ大音量が鳴り響いています。いかなる勢力なのか知る由もありませんが、左右どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはないでしょう。
 主義主張を実現したければ、民主主義に従って理解者を一人でも増やし、支持の輪を広げるべきなのであって、単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます。

---引用ここまで---

よーするにデモは民主的な方法じゃないとそう仰りたいのですね。

呆れてものも言えないというか、どう突っ込んでいいのか。多分きっとネット上では俺よりもずっとうまく突っ込めている人がいると思うのですが。

その一つをとりあえずリンク
デモや国会・官邸前抗議はテロと同じ? 自民党・石破氏の発言の危険性(伊藤 和子) - 個人 - Yahoo!ニュース

俺も拙いながら自分の言葉で意見を書きたい。

特定機密保護法案、知る権利には配慮しているということだけれど。正当な言論活動をテロ扱いする人は、知る権利にどういう配慮をされるんでしょうね。

静穏を妨げているのは誰なのか、って話も。政府の機密、にしておきたいことが国民の耳目に触れなければ、静穏は保たれると考えてらっしゃるのかも。そういう恐ろしげな、ディストピア的な静穏が将来待っているかも知れないことに、今心の静穏が保てていない人は多くいるでしょうね。

デモが民主的かという話ですが。これが民主的なものであるということは歴史的経緯からして当然のことですが、俺の思いを。

東日本大震災以前、俺は原発について消極的な推進派でした。いわゆる「仕方がない」ってやつです。科学技術に興味があって多少ものを調べるくせがあれば原発がエコロジーでもエコノミーでもないことは以前でもすぐに分かることでしたが、わかっていながら仕方がないと考えていたのは、当時から自分の中であーじゃこーじゃと理由づけていましたが、結局は俺一人が大声を上げたってなんにもならないって思っていたからです、情けないことですが。

しかし東日本大震災以後、デモは日本人にとっても意外と身近なものになりました。それまではデモを目にするなんてせいぜいメーデーくらいで、学生で労働組合とはほとんど関わりのない自分には関係のないものでしたが、震災以後は反原発デモをあちこちで実際に目にして、あるいは周囲から誘われたこともあったりして「こう思っているのは自分だけじゃない」ってのが確認できるようになったのです。勇気づけられたのです。

そういう意味で、デモは民主主義に従って理解者を増やす行動であり、大事なものだと俺は捉えています。



つーかさ、本当はデモがどうかとか民主主義がどうかとか、どうでもいいんだよね、この人は。ようは俺に楯突くなってことでしょ。そしてレッテル貼りでしょ。俺に楯突くものはサヨクで、国賊で、非国民なんでしょ。こういう感覚の人が秘密保護法案なんてやっているんだから、そりゃ危機感を覚えますって。

秘密保護は重要です。行政が主権者に秘密を持つというのは本来は許されないことであり、危険でもあります---絶対王政ならばそれは即ち謀叛である---が、主権者が国民であるなら、国民に広く知らしめかつ他国に対しては秘密を保つというのは不可能です。だからそのバランスをとるってのは重要でしょう。

そのバランスがおかしければ当然国会で修正されるべきです。修正どころの問題でないほどひどいなら廃案にして作りなおせって話にもなります。特にこの法案に関しては、国民主権を侵しかねない領域なわけですからなお慎重であるべきです。それを理解しながら、強行採決して一旦成立させ、修正はその後応じるって態度も俺には全く理解できないです。それは立法制度の軽視であり、法そのものの軽視でもあります。民主主義は議会、議会を通じて制定される法を通じて、国民が国を支配しているという形なのですから、これはもはや民主主義への冒涜ですらあります。もちろん彼らが通したがっている法案の価値も下げるものであると俺は思います。

秘密保護、どうあるべきなのか正直なところ俺には正解が見えません。しかし、このような感覚の連中に任せておくことに対する強い不安を俺は感じます。

…とか書くと、「絶叫デモ」と「デモ」は違うとか書かれるのかな。どう違うんだろう。意思表示行動なのに、声を小さくしたら伝わらないでしょ。デモは基本、声の大きいものですよ。声が大きいからこそ俺の耳にも届いてくれたんだし、彼の耳にも届いてくれたんですよ。そりゃ、明らかに害悪の告知とか強迫行為とか、暴力行為があったらそれは許されるべきデモではないのだろうけれど。海外の一般的なデモの様子を見る限りじゃ、少なくとも俺の目に入る日本のデモはそれはそれはおとなしいもののように思えますが。

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