スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「明日、ママがいない」騒動に思う

騒動に思うところがあったという話。ドラマは見てないので、多分これからいい加減なことを言います。

なんつーのかな、「フィクション」だから、という声があるみたいで。これテレビ局が言っているのかな?だとしたら結構な問題だと思う。最近割と「社会派ドラマ」みたいなものが結構撮られていると思うんだけれど…このドラマもそういうものとして宣伝されていた記憶があるんだけれど…都合のいいときは社会派気取って、都合の悪いときはフィクションだと逃げてることになるよね。もしそうだとしたらもうテレビには社会派ドラマつくる資格はない、なんて思ってしまう。

それにフィクションとは言え、現代日本の、実在の児童福祉制度や施設をネタにしているのだろう。例えば「赤ちゃんポスト」。これは正式名称ではない、マスコミがつけた通称あるいは蔑称であるが、これが指し示すものは特定の病院の、特定の設備である。世の中にひとつしかない (このあたり、正直ドラマのつくりのずさんさを感じずにはいられない) 。

そして、それら児童福祉に関わる人々の劇中での描写が大きく事実と違い、悪辣な存在として描かれている、そうだ。ドラマを観ていないどころか児童福祉の現実も知らない俺は判断はできないけれど、でもそうやってネタにされたものに実際に関わる人は、それを侮辱と感じたり、面目を失うこともあるだろう。実在の物事をネタにするなら、全く起こりうることである。

だから彼らには、それに対して抗議し、弁明し、名誉を回復する機会は必要だ。放送が中止されるべきかどうかは俺にはわからないが、誤った情報がこれ以上流布されることを防ぐために放送を中止せよと申し入れるのも、全くありうることではあると思う。彼らのことを「モンスタークレーマー」と罵る向きがあるらしいが、それは間違っている。

「表現の自由」なんて声もあるみたいだが、官庁公署がこれの規制に乗り出したというわけじゃないし、やや的外れだと思う。

もちろんテレビ局や制作側に「養護施設の実態を暴く」みたいな目的があるなら、抗議に対しても堂々としているべきだ。もっともそういう目的があるなら、入念な取材の上、実際にあったことに則して描くべきだと思うけれど。もしそういう目的がなくて、逆境の中で逞しく育つ子どもたちを描く、みたいなありがちなお涙頂戴モノなら (俺はこういうの一種のエクスプロイテーション映画だと思うんだけれどそれはまあいいや) 、その「逆境」として実在の人やもの、制度を出すのは、地上波テレビというメディアとしては軽率じゃないか、って思う。

関連記事

テーマ : テレビなんでも
ジャンル : テレビ・ラジオ

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ざっぱー

Author:ざっぱー
(この画像について)

当ブログについて
メール
(このメールアドレスへの特定電子メール (迷惑メール) の送信はお断りします)

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。